台湾文化協会創立95周年と蒋渭水没後85年記念シンポジウム

台北市の新聞稿から


台湾文化協会創立95周年と蒋渭水先生没後85年記念シンポジウムに出席 柯文哲:ただ勇気をもって信じさえすれば 台湾の政治は前進できる
發布機關:臺北市政府秘書處
發布科室:媒體事務組
發布日期:2016/10/17

台北市長柯文哲は17日中山堂に行き台湾文化協会創立95周年と蒋渭水先生没後85年記念シンポジウムに出席し、挨拶で指摘して、「蒋渭水先生は当時文化的手段を通して、台湾の社会と政治を変えることを希望しずっと努力し続けた。私もこの信念を持ち、自分が蒋渭水先生が当時未完成の任務を完成させ、1人の文化の伝播者となりたいと思っている、皆さんにただ勇気をもって We can do something impossible と信じさえすれば、きっと台湾の政治は前進できると呼びかける」と言った。

柯文哲は言った、
「私は今日歴史の古跡中山堂に立って、台湾文化協会創立95周年と蒋渭水先生没後85年記念シンポジウムに参加し、深く感動している。1894年甲午戦争(日清戦争)、1895年馬関条約調印、台湾は割譲され、台湾は植民地時代に入った、前半20年は台湾には非常に大きな反乱が続き1915年の漢人の実質的に最後の反乱西来庵事件に至る。当時西来庵事件で殺されたのは少なくとも3000人、事件後死刑判決を受けたのは866人、この後台湾人は武装抗日が非常に困難だと知り、双方の実力条件の差が大きいことから、台湾は非武装の抗日時代に向かった」

「1921年10月17日、すなわち95年前の今日、現在は静修女子中学の位置に台湾文化協会を創立した、その開設の目的は文化的手段を通して台湾を変えることだ。協会には二つの宗旨があった、第一は民族主義を持ち漢族を中心として大和民族に対抗する、だから一種の民族主義と言える。第二は非武装抗日、日本の台湾殖民前半20年において台湾の武装抗日は失敗したためだ。協会成立後各種の文化活動を推進し、台湾民報の創立を含む新聞方式を通して情報を台湾人民に伝えた。読報社を成立させ、新聞の内容を字を読めない人に聞かせるため話した。文化書局を設立し絶えず西洋の先進思潮を輸入した。文化劇団を成立させ、行動劇方式で台湾人民に一体何が起こっているのか訴えた、その他現在のサマーキャンプの夏季学校、夏休み期間の各種活動の開催に至るまで学生の中に台湾の文化の種を播いた」

「その中でも最重要なのが講習会だ、講習会は講演会ともいう。錦州街の蒋渭水記念公園の蒋渭水先生の銅像は片手に手提げカバンを持ってもう一方に書籍を持っているが、彼は診察を終えると講演をした、講演が終わると捕まって勾留された、所謂寝具に書籍を包んで講演に臨み留置所で両方役立てたというエピソードがある*、これは当時の蒋渭水先生の印象をよく伝えている(原文は蔣渭水先生一手拿著公事包,看診完就上台演講,講完就被抓去關了,也就是所謂的捲鋪蓋,相當傳神表達當年蔣渭水先生的意象)。当時の台湾文化協会の多くの中心人物、蒋渭水或いは陳沂など相当多くの人が講演会方式を通して歴史、法律、衛生問題を話した、それは各種文化を啓発する方式で台湾人民の思想を変えようとしたのだ」
*)蔣渭水銅像前演講 柯文哲哽咽:難道還要繼續仇恨下去? NOWnews

「協会成立時、最重要な指導的人物が蒋渭水だ、彼は1890年に宜蘭で生まれ、1930年に台湾大学病院で亡くなるまで、41年の生涯の中で、台湾の歴史に4つの重要な事を残した。第一、台湾文化協会の創立で文化的手段で台湾の社会、思想と文化を変えた。第二、台湾民報は最初の台湾人の新聞だ。第三、台湾民衆党は初めて政党としての意味を持った政党が台湾に出現した。第四、台湾工友総連盟は初めての全台湾の性格を帯びた労働組合だ。蒋渭水先生は自らこの4つの組織の創立に参加したが、歴史的観点から見れば影響の最も大きかったのは台湾文化協会だ」

「今日皆さんが大稲埕の映画の中で見たように『文化頭』と呼ばれた蒋渭水先生、蒋渭水は各種の講演会を開くことによって、自分の思想と教養を頼りにこの方式で台湾の社会を変えようと試みた、彼は臨床講義の中で、台湾は世界文化の中の低脳児だと言って、だから台湾を変えることは文化から手を付けなければならないと指摘した、彼が出した処方箋は正規の学校教育を含む補習教育、幼稚園、図書館、読報社を最大限民衆に提供しなければならないというもので、重点は文化手段を通して台湾社会を変えることだった(今天在大家在看大稻埕那部電影中,是用<文化頭>來稱呼蔣渭水先生,因為蔣渭水就是透過各種演講會,把他的思想和文化企圖透過這個方式來改變臺灣這個社會,他在一個臨床講義中,提到臺灣是世界文化的低能兒,因而點出要改變臺灣要從文化著手,他開出的處方包括正規學校教育、補習教育、幼稚園、圖書館、讀報社都要給最大的量)、ただ不幸なことに蒋渭水先生は41歳に至らずに腸チフスのために台湾大学病院で亡くなった、『同胞は団結すべき、団結こそが力なり』の名言を残して」

「1921年から1931年、蒋渭水先生が世を去る前の10年は台湾思想文化の黄金の10年というべきだ。蒋渭水先生が世を去ってから、台湾の全ての公民運動、文化運動は暫時停止した。その間は第二次世界大戦と国民党の白色テロが発生した時期のため、台湾公民運動全体が停滞状態に入ったようになった、しかし2013年の洪仲丘事件への抗議活動、2014年の318学運から2014年末の九合一選挙まで、この三つの運動は1921年台湾文化協会創立の後、台湾公民運動と文化運動の復興とみなすことができる。私自身も運命のめぐり合わせで九合一選挙によって政界に入ることになった。当時の私の選挙時のスローガンは『台湾の改変、首都から始める。台北の改変、文化から始める』、これは文化を主体にする社会運動で、また台湾の歴史上初めての政治文化を変えることを訴える選挙だった」

「しかし自分の内心は、私はただ自分は蒋渭水先生が85年前遂げられなかった運命を引き継ぎ、自分の希望である文化的手段を通して台湾社会を変える理想をやり続けていこうと考えていただけった。そのため私は選挙中、旗を立てず、選挙経費を公表し、自分の財産収入と各支出を公表し、選挙の過程で提携して商品購入などをしない等の、蒋渭水先生言うところの文化方式を通して台湾社会を変える事に全てつながる事をした。
(以下略)


被問蔣渭水隔代傳人? 柯P:做自己都來不及-民視新聞 https://www.youtube.com/watch?v=fnPdHiB-anI

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